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学校からのお知らせ

やってみもせんで
2018年01月23日

 今年度の東洋大学百人一首入賞作品を読んだ。全国52428首から選ばれた作品だけにどれも力作である。ふと、ある作品に目がとまった。「旋盤工にじみ出る汗耐えながら極上作品ここに誕生」太田工業高校2年生 岡ノ谷さんの作品である。今の時代、スマホと向き合い、スマホでつながるネット社会で完結してしまいかねない時代にあって、ほっと胸をなでおろすような気持ちになる。

 この短歌を読んでふと思い出した人がいる。本田宗一郎さんである。彼は、本田技研工業(ホンダ)の創業者である。小さな町工場を〃世界のホンダ〃へ飛躍させた成長神話の主人公で知られる。その本田さんの手は、右と左で形も大きさも随分違う。左手の人差し指、親指は、右手より1センチも短い。

  何回もハンマーでたたいてつぶし、カッターで削った結果だという。「私の手が語る」(講談社)には、冒頭に左手のひらの絵があり、けがの跡を克明に描いている。無傷なのは、小指しかない。親指のつめは4回抜けた。付け根の辺りには機械に挟まった傷がある。

  人差し指も中指も先をカッターで削り、ハンマーの傷跡は人差し指と薬指に各1カ所、中指には、3カ所も残っている。中指と薬指の間の付け根から手の甲にかけては、鋭い工作用の刃で貫き、人差し指の近くにも太いキリで貫通した跡がある。小さな傷はこの3倍の数にのぼる。本田さんにとっては「みんな私の〃宝〃だ」

  ろくに機械のないころから、いろんな物をつくっては壊し、壊しては作ってきた。右手で仕事をし、それを支える左手がどうしても傷を負う。頭にひらめいたことをすぐに手を使って形のあるものにせずにはおれない。そんな本田さんの口癖の一つに、「やってみもせんで、何をいっとるか」があった。

  「おそらく、だめです」と若い人が言ったときの叱責の言葉なんだろう。ああやってダメならば、こうやってみる。それが新しい体験となって蓄積されていくと、本田さんは考えた。

  これからを生きる中学生にとっては、本田さんのようにチャレンジする心を持つことが大事である。何事にも挑戦できる特権が、若者にはある。失敗を恐れず、チャレンジしてみてほしい。たとえ、それが失敗に終わっても、新たな自分を見いだすきっかけになるかもしれないし、成功への礎になるかもしれない。今年も元旦から3週間過ぎた。年末になって、「何もできなかった」ということがないように、今年1年の目標を再度確認して、具体的に取り組んでいこう。