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戴星学園のあゆみ1~戴星堂から東都甲・西都甲小学校へ
2013年08月14日

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学 校 の 沿 革 大 要

戴星堂

室町時代、天正元年(1573年室町幕府滅亡の年)豊後高田市東都甲一畑に河野治右衛門が私塾・寺子屋 戴星堂を開く。「読み・書き・算術」いろは仮名文字に始まり、名頭から村名郡国名、往来文、証書文、書簡などの生活に必要な文字学習を行う。修業年限は3~7年の男女共学で、戴星堂で学ぶ子どもたちは常時15~70人ほどでした。学制が始まる明治までの300年余、十二代にわたって続いた。最後の12代にあたる河野至は、明治初年に道路開拓の功により一畑の村長になっている。(大分教育百年史 昭和51年大分県教育委員会発行による)

戴星堂(イメージ図) 戴星堂跡地 大分県教育百年史
戴星堂イメージ図

戴星堂跡地

大分県教育百年史(S51年発行)

初代  河野次郎右衛門越智通信

二代  越知通正

三代  越智通俊

四代  河野二郎右衛門

五代  河野二郎

六代  河野二郎右衛門

七代  河野二郎右衛門

八代  河野秋老

九代  河野次郎兵衛

十代  河野治郎兵

十一代 河野治郎右衛門

十二代 河野到

 

 

 

 

東 都 甲 小 学 校

 

S38

東

明治 6年 2月 加礼川簡易学校創設(中平 銅野宝吉宅に仮校舎)

明治 7年 3月 新城簡易学校創設(新城 長賢寺に仮校舎)

明治26年 5月 東都甲尋常小学校に改称(加礼川校と新城校合併)

明治28年 9月 校舎新築(百塚東都甲幼稚園)

明治42年 3月 東都甲尋常高等小学校と改称

大正 5年 5月 校舎新築 5月20日竣工(工費 7,315円)2階建て本館及び校舎2棟

昭和16年 4月 東都甲国民学校(学制改正)

昭和22年 4月 東都甲小学校(学制改正)

昭和29年 4月 東都甲小学校に付属幼稚園併設

昭和36年 1月 給食室完成 完全給食実施

昭和40年    児童数211名 

 

 

 

西 都 甲 小 学 校

 

S41年

S37年 交通安全教室の様子

 

明治 7年 3月 都甲学校創設(都甲八幡境内に仮校舎)

明治 7年 4月 鶴陽学校創設(荒尾において)明治10年 西南の役で罹災後,都甲学校と合併

明治20年 4月 築地尋常小学校に改称 長岩屋簡易小学校開校

明治25年12月 西都甲尋常小学校に改称、長岩屋分教場に改称

明治42年 3月 西都甲尋常小学校と改称

昭和 5年 8月 校舎改築(工費  22000円)木造平屋1  2階建て 延べ376坪

昭和16年 4月 西都甲国民学校(学制改正)

昭和16年10月 桑野繁先生、三人の教え子を守り殉職。

(都甲川田口橋 教え子を家に送り届ける途中、台風で増水し橋が崩落)

昭和22年 4月 西都甲小学校(学制改正)

昭和29年 4月 西都甲小学校に付属幼稚園併設

昭和36年 1月 給食室完成 完全給食実施

昭和40年    児童数209名